• アクセス
  • Q&A
  • リンク集

ランニングの基礎知識

【やさしいランニングの基礎知識】 健康科学課 吉久 武志 (スポーツ科学員)

2 ランナーのからだ

 テレビなどでマラソンや駅伝などを見ていると、エリートランナーは全体的に細く引き締まったからだをしていることがわかります。では、そのからだの中身はどうなっているのでしょうか。

(1) 体組成

 体組成とは、からだを構成する各成分の量・割合を表すものです。からだは筋肉・脂肪・骨などさまざまな組織から成り立っていますが、体組成をもっとも単純に表すと「脂肪量」と「除脂肪量(脂肪以外のもの)」の2つに分けられます。「体脂肪率」は体重に占める「脂肪量」の割合をパーセントで表したものです。ランナーの引き締まったからだを見れば、体脂肪率が低いことは容易に想像できますが、ではその割合はどの程度なのでしょうか?

 体組成を測定する方法はいくつかありますが、ここでは家庭用の体脂肪計にも採用されている「生体電気インピーダンス法」(写真ア)による測定結果をご紹介します。

 まずは体脂肪率です。グラフAの「一般人」は当センターの『スポーツプログラムサービス』を受けられた30~40代の方の集計データです。平均値では男性が約18%、女性が約26%となっており、当センターの評価基準における標準的なレベルです。「市民ランナー」は当センターの『ランニング測定』に参加された30~40代の方の集計データです。平均値で男性が約14%、女性が約19%となっています。「一般人」と比べると、男性で約4%、女性で約6%も低い値であることがわかります。ほとんどの方がランニングを習慣的に(少なくとも週3回程度)行っているので、その結果として体脂肪が少なくなっているものと考えられます。そして最後に「エリートランナー」をご覧ください。これは当センターの『アスリートチェックサービス』をご利用いただいた長距離選手(実業団チーム)の集計データです。男性は約9%で「一般人」の半分、女性は約17%で「一般人」の3分の2と、かなり低い値を示しています。毎日のようにトレーニングを積んでいる選手では、さらに脂肪が削ぎ落とされていると言えます。

 次に、体重を見てみましょう。グラフBでは、体重を「脂肪量」と「除脂肪量」に色分けして積み上げた棒グラフを比較しています。「一般人」の場合、体重は男性で約70kg、女性で約55kgですが、「市民ランナー」ではそれよりも5~6kg少なく、「エリートランナー」になると10kg以上も軽いからだで走っていることになります(身長は「一般人」「市民ランナー」「エリートランナー」ともほぼ同程度です; 表1参照)。長い距離を走るためには、やはりある程度の軽量化が必要となりそうです。軽量化を図る上では、「脂肪量」を減らしていくことが大切です。「除脂肪量」には筋肉や骨など運動を担う部分が含まれているため、こちらはなるべく減らさないほうが良いでしょう。なお、「エリートランナー」の「除脂肪量」は男女とも少なめですが、これは長期間にわたるトレーニングによって長距離走に適したからだになっているためです。

(2) 筋力・瞬発力

 筋力・瞬発力は、1回の動作の中でどれだけ大きな力やパワーを出せるかという能力を表します。長距離ランナーの細いからだを見ると、そういった能力はあまり高くないのでは?と思ってしまいますが、実際のところはどうなのでしょうか。

 まずは脚の筋力です。当センターでは「サイベックス」という装置を用いて、大腿部の筋力を測定しています(写真イ)。膝を曲げた状態から全力で伸ばし、その際に発揮された筋力の大きさ(膝伸展トルクといいます)を測ることができます。

グラフCはエリートランナー(実業団チームの長距離選手)と一般人(当センターの『スポーツプログラムサービス』を受けられた20代男性)の脚筋力を比較したものです。エリートランナーは一般人に比べて約17%も低く、一般人の年齢別平均値で言えば50歳代に相当します。しかし、脚の筋力は体重を支持するという役割が大きいため、体重に見合った筋力を備えていることが必要となります。そこで筋力を体重で割った値(体重比)で比較してみると、エリートランナーは一般人よりも体重がかなり少ないため、その差は約5%まで縮まります(グラフD)。

 腕の筋力についてはどうでしょうか。おなじみの握力で比べてみました(写真ウ)。脚筋力と同様にエリートランナーのほうが低くなっています(グラフE)。年齢別平均値では60歳代に相当します。

 最後に脚の瞬発力(瞬間的に大きな力を出す能力)を比べてみましょう。写真エのように、脚を深く曲げた状態から足元のプレートを全力で前に蹴り出すときのパワー(脚伸展パワー)を指標としました。

 エリートランナーの値は一般人よりも20%ほど低い値となっています(グラフF)。上述の脚筋力(膝関節トルク)と同様に体重比で比較するとその差は縮まりますが、それでも約10%低い値です(グラフG)。

 以上のように、長距離走のスペシャリストであるエリートランナーのからだは、大きな力を出すことに関してはあまり得意ではないと言えます。これは、細身で軽量なため全体的な筋肉量が少なく、また筋肉のタイプも、瞬発力に優れた『速筋線維』よりも持久力に優れた『遅筋繊維』の割合が大きいためであると考えられます。

(3) 全身持久力 その1 ~最大酸素摂取量(Vo2max)について~

 全身持久力は、長時間にわたって運動を持続する能力です。長距離ランナーにとって最も重要な体力要素であることは言うまでもありません。この全身持久力を表す指標として古くから広く用いられているのが「最大酸素摂取量」です。
このシリーズの「1 ランニングとウォーキングの違い (2)消費エネルギーの違い」の中で説明しましたが、運動を持続するためのエネルギーは「酸素」を使って作り出されています。走るスピードが速くなるにつれて、単位時間あたりに必要な酸素の量も多くなります。しかし酸素を体の中に取り込むスピードにも限界があります。この限界を「最大酸素摂取量」といい、1分あたりに取り込める酸素の最大量で表されます(単位はl(リットル)/分」または「ml(ミリリットル)/分)」。ただしランナーの場合は自身の体重が負荷となりますので、体重1kgあたりの量で表す(酸素摂取量を体重で割る)のが一般的です(単位は「ml/kg/min」)。
グラフHは走るスピード(走速度)と酸素摂取量の関係を測定したデータ例です。4本のグラフはいずれも右上がりの直線になっています。直線の右上端の丸い点は、それぞれの人が限界に達したところを表しています。つまり、この点の縦軸上での位置が最大酸素摂取量ということです。一般人男性は40程度ですが、エリートランナーでは男性で約80、女性で約70にもなります。
 一方、この丸い点の横軸上の位置は酸素摂取量が限界に達した時のスピードということになります。一般人男性は分速200m(時速12km)程度ですが、男性エリートランナーは分速395m(時速23.7km)とほぼ2倍のスピードです。言い換えれば、エリートランナーが時速12km(フルマラソンなら約3時間半)で走るには50%程度の力を出せばよいということです。この差がマラソンなどの長距離レースを走る時のスピードの差につながっています。

グラフIはエリートランナー(男性)の全身持久力を測定したデータ例です。測定はトレッドミル(ランニングマシン)を用いて行います(写真オ)。最初に安静時の測定を行った後、3分間のランニングを6セット(速度は毎分250~375m)行います。そして最後のステージでオールアウト(疲労困憊)に至るまで追い込みます。
測定中は呼気を測定するためのマスクや心拍数を計測するセンサーを装着します。また各ステージ終了後の血中乳酸濃度を測定するため耳たぶから微量の採血を行います。

最大酸素摂取量は呼吸系(肺など)、循環系(心臓・血液など)、および筋肉での代謝能力(酸素を使ってエネルギーを作り出す能力)を総合的に反映するため、全身持久力を表す良い指標とされています。しかし、測定するには「もうこれ以上走れない」というところまで追い込む必要があるため、日頃から強度の高いトレーニングを十分に行っている選手でなければ危険を伴います。市民ランナーの方向けには、限界まで追い込まなくても測定可能な指標である「LT(乳酸性作業閾値)」の測定をお奨めしています(『ランニング測定』をご覧ください)。

(4) 全身持久力 その2 ~LT(乳酸性作業閾値)について~

 全身持久力の指標として、前項の「最大酸素摂取量」と並んで広く用いられているものに「LT」があります。LTは、Lactate Thresholdの略で、日本語では「乳酸性作業閾値」などと表されます。「閾値(いきち)」というのは見慣れない言葉ですが、その値を境界として上と下では反応が異なるような場合に使われます。つまりLTとは、走るスピードを上げていった時に、血液中の乳酸濃度が急激に上昇し始めるポイントのことです。LT以下のペースでは、筋肉では「遅筋線維」が働き、エネルギー源は体内に蓄えの多い「脂肪」が中心で、呼吸も楽にできるので、長い時間走り続けることができます。ところがLTを超えると、そのスピードに対応するために「速筋線維」が働きはじめ、エネルギー源は蓄えの少ない「糖」が中心となり、呼吸も量や回数が増え、全体的に「きつい」状態となります。

 グラフJを例として説明しましょう。これはエリートランナー2名の測定データ(ランニングスピードと血中乳酸濃度の関係)です。A選手(ブルーのグラフ)の場合、スピードが325m/分(1キロ3分5秒ペース)以下では血中乳酸濃度は1ミリモル/L程度で安静時とほぼ変わりありませんが、350m/分(1キロ2分51秒のペース)になると3ミリモル/L近くまで急に上昇しています。したがって、A選手にとっては325m/分(1キロ3分5秒ペース)あたりがLTということになります。いっぽうB選手(ピンクのグラフ)では、275m/分(1キロ3分38秒のペース)から緩やかに乳酸の上昇が見られますが、A選手のように急激に上昇し始める点は明らかではありません。このような場合には、LTを決めることが困難です。

 そこでよく用いられるのが、血中乳酸濃度が一定濃度に達するスピードを算出するという方法です。当センターでは、2ミリモル/Lと4ミリモル/Lの2つの血中乳酸濃度を指標として活用しています。2ミリモル/Lというのは血中乳酸濃度が安静時よりもわずかに上昇したレベルで運動強度としては比較的低く、フルマラソンの平均スピードと相関があります(当センターデータによる)。また4ミリモル/Lは「OBLA」(オブラ)という名称でよく用いられ、ランニングでは10km程度のレースペースに近い強度となります。グラフJから血中乳酸濃度が2および4ミリモル/Lとなるペース・スピードを読み取ると表2のようになります。実際のレース(5000m・10000m)でも、A選手はB選手より速いタイムを記録していました。

 ここまで述べてきたことは、エリートランナーに限った話ではなく一般のランナーにも適用可能です。当センターで実施している『ランニング測定』でも上記の指標を利用してフルマラソンのタイム予測も行っています。

 グラフKは様々なレベルのランナーの血中乳酸濃度を測定したデータを1つのグラフにまとめたものです。グラフの形はエリートランナー(実業団ランナー)も市民ランナーも同様ですが、グラフ中のタイムを見ればおわかりの通り、速いランナーほどグラフが右寄りにあります。各ランナーのグラフ上にある矢印は、各ランナーがLT測定と近い時期に出場したフルマラソンやハーフマラソンのレース結果を平均スピード(ペース)で表したものです。矢印の位置を見ると、フルマラソンでは血中乳酸濃度が約2ミリモル/L、ハーフマラソンでは約3ミリモル/Lとなっています。

 このように、LT(血中乳酸濃度を用いた全身持久力の評価)は競技力をよく反映するため、ランニングだけでなく持久系のスポーツ(自転車ロードレース・水泳・クロスカントリースキー・ボートなど)ではよく使われています。また、限界まで追い込まなくてもトレーニングに活用できる指標が得られるため、サッカーやバスケットボールなど他のスポーツでも利用されています。