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健康・体力アップ情報health & fitness Information

肥満と減量(理論編) 知っておきたい肥満と減量の基礎知識
【理論4】減量の成功例(生活習慣病の改善と体力の向上)

                                 健康科学課 今川 泰憲(スポーツ科学員)


 体脂肪とくに内臓脂肪の過剰な蓄積が高血圧や糖尿病、脂質異常症(中性脂肪値およびLDL コレステロール値の増加、HDL コレステロール値の低下)などの生活習慣病(「メタボリックシンドローム」)を引き起こす原因になります(【理論編1】を参照)。
 また、体脂肪の増加による肥満(過体重)は、歩行や階段の上り下り、椅子の立ち座りなどの体重移動の際に膝や腰にかかる負担を大きくし、膝関節症や腰痛症など整形外科的な生活習慣病(⇒「ロコモティブシンドローム」については健康・体力アップ情報の「ロコモティブシンドローム」の頁を参照してください。)を引き起こす原因にもなります。
 これらの生活習慣病を予防または改善する上でウォーキングや筋力トレーニングなどの運動がなぜ必要かについては、【理論編2】および【理論編3】で解説してきたとおりです。
 そこで【理論編4】では、実際に当センターの「減量教室」に参加して“体脂肪の減量”を行い、糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病に著明な改善がみられた方、また、「ロコモティブシンドローム」と関係性が強い脚筋力などの体力が向上していた方の例を教室前後の腹部MRI 画像などとともにご紹介していきたいと思います。



■糖尿病が治った

1.3 か月間、-10.2kg の“体脂肪の減量”で血糖値とHbA1c が大きく改善した!

 下のMRI 画像と表は、平成26 年に横浜市スポーツ医科学センターと西スポーツセンターとが連携して行った減量教室参加者(48 歳男性)の教室実施前後の検査結果を表しています。
 この男性は、他の医療機関での健康診断で糖尿病と診断されていましたが、薬物による治療は受けておらず、運動や食事療法で減量して糖尿病を改善したいと減量教室に参加しました。
 当センターで実施した減量前のメディカルチェックでも、空腹時血糖176mg/dl(基準値は、75〜109mg/dl で、110〜125mg/dl が境界域、126mg/dl 以上が糖尿病域になります。)、ヘモグロビンA1c8.2%(基準値は、4.3〜5.8%)で糖尿病と診断される数値でした。




 約3か月間の減量の結果、-10.2kg の“体脂肪の減量”に成功し、空腹時血糖は176mg/dl から115mg/dl、ヘモグロビンA1c は8.2%から6.1%と大きな改善が認められました。また、教室実施前には88cm2だった内臓脂肪面積は16cm2 へと大きく減少していました。
 この男性は、“とにかくストイックな方で、スポーツセンターに週3〜4 日通い、トレッドミルやエアロバイクなどのベーシックな有酸素運動と低重量を使っての筋力トレーニングを実施していました。また、マラソン大会出場を目標にして、自宅でもランニングをしていました”との報告を当時西スポーツセンターでこの男性の指導を担当していた指導員さんから聞きました。
 私はこれまでに減量教室で1000 人以上の方のデータをみてきましたが、“3 か月間でこんなに糖尿病の数値が改善するんだ?!”と驚かされた方です。




2.糖尿病(DM:diabetes mellitus)ってどんな病気?

 糖尿病は、「膵臓のランゲルハンス島β細胞から分泌されるインスリン1 の作用低下(インスリン抵抗性2)によって慢性的な高血糖状態(耐糖能異常)を来たし、身体に様々な障害が起こる特徴ある疾患群」と医学的に定義されています。血液検査では、血糖値※3が126mg/dl 以上、ヘモグロビンA1c※4が6.5%以上の場合、耐糖能異常または糖尿病と診断されます。
 糖尿病では、全身の慢性的代謝性障害によって様々な症状
5 が出ますが、最終的には心臓や脳などの重要な臓器においても血管を傷害し、動脈硬化を進展させることで心筋梗塞や脳梗塞といった致死的疾患の危険因子となります。基礎疾患として糖尿病を持つ人は、心筋梗塞や脳梗塞などの発症率や死亡率が何倍も高くなることがわかっています。
 糖尿病には、インスリンの分泌が全くない1型糖尿病と、インスリン分泌はある程度保たれるが過食や肥満などが誘因となってインスリン抵抗性を招く2型糖尿病に分類されます。





3.運動で糖尿病が改善するメカニズム(インスリン感受性の改善)

 血糖の約8割以上は骨格筋(細胞)で取り込まれるため、骨格筋の血糖取り込み能力が低下すると糖尿病の発症に繋がります。
 運動は、骨格筋におけるインスリン情報伝達経路を活性化してインスリン感受性を高め、筋細胞内への血糖の取り込みを促進することがわかっています(インスリン抵抗性の改善)。また、筋細胞内では、糖を輸送する働きをするGLUT(グルト)4 タンパク質の数が増加するとともに筋細胞内でのその働き(→トランスロケーション:筋細胞内部から細胞膜や横行小管への移動)も活性化することがわかっています。
 コントロール良好な2型糖尿病あるいは発症間もない2型糖尿病では運動療法が効果的とされています。一方、インスリン分泌が全くない1型糖尿病や2型糖尿病でも進行した合併症を有する場合は、ほとんどの場合運動は制限されるかまたは禁忌(禁止)となります。



 糖尿病の運動療法といえば、まず先にウォーキングやジョギングなどといった有酸素運動を思い浮かべる方が多いと思います。それは間違いではありませんが、近年では、とくに筋力トレーニングが骨格筋におけるインスリン感受性を高め、糖尿病の改善に大いに効果的であることが注目されています。筋力トレーニングでは、運動中のエネルギー源のほとんどを糖に依存することが要因と考えられます。
 
 次回の【理論編4】減量の成功例では、6か月間の“体脂肪の減量”によって、高LDL コレステロール血症、高中性脂肪血症が改善した方の例をご紹介したいと思います。



■脂質異常症(高LDL コレステロール血症、高中性脂肪血症)が治った!?

4.12 ヶ月間-18.2kg の“体脂肪の減量”でコレステロール値と中性脂肪値が大きく改善した

 下の図表は、当センター減量教室に参加した女性(R.O.さん)の教室前後の検査結果を示したものです。
 R.O.さんは、他の医療機関で行った血液検査で血清脂質(LDL コレステロール、中性脂肪)が基準値よりも高く、
“脂質異常症”と診断されて薬物治療を受けていました。減量教室の開始直前に当センターで行った検査でも、LDL コレステロール値と中性脂肪値が基準値より高く、脂質異常症と診断されました。また、内臓脂肪面積が100cm2を超えていて、“内臓脂肪型肥満”と判定されていました。



 教室開始から12 ヶ月後、R.O.さんの体重は66.2kg から47.0kg に減少し(うち-18.2kg が体脂肪)、内臓脂肪面積は161 cm2から11cm2へと大きな減少を示しました。また、血清脂質はLDL コレステロールが161mg/dlから99mg/dl(基準値は65〜139mg/dl)、中性脂肪は288mg/dl から53mg/dl(基準値は30〜149mg/dl)へと低下し、何れも正常値に改善していました。
 現在R.O.さんは、コレステロールを下げる薬の中止を主治医と検討中とのことでした。

5.減量成功の秘訣は「食事・運動併用療法」の継続

 では、R.O.さんは、どのようにして1 年間で-18.2kg の“体脂肪の減量”に成功したのでしょうか?
 アメリカに赴任中の3 年間で+10kg、さらに日本に帰国してから教室に参加するまでの2年間で+2kg 体重が増えてしまったR.O.さんは、学生時代の48kgに戻すことを目標に減量を開始しました。
 下記枠内は、R.O.さんにいただいた『減量教室体験談』の一部です。R.O.さんは、揚げ物やプリンなどの脂っぽい食事やデザートが好きで、減量前はよく食べていたとのことでしたが、そのような食習慣の改善を図るとともに、週4日の頻度でエアロビクスや筋力トレーニングなどの運動を実施していました。


 当センター減量教室では、食事療法と運動療法を併用することで、
“筋肉や骨などの除脂肪量をできる限り維持しながら、体脂肪だけを落とすこと”を基本方針に掲げています。運動療法を併用することで、食事療法単独による厳格な食事制限を緩和することができ、また、筋肉量と基礎代謝量の減少を最小限に抑えてリバウンドの防止に繋がるからです(→【理論編2】肥満・メタボリックシンドロームに対する運動の効果)。
 R.O.さんは、“学生時代の体重に戻したい”というモチベーションを失うことなく、食事・運動併用療法を一年間継続することで当初の目標を達成したのです。
 下記の写真は、R.O.さんが教室期間中に付けていた「食事記録」と「トレーニング記録」の一部です。その記録をみると、R.O.さんが一生懸命減量に取り組んだ様子がわかります。



6.脂質異常症ってどんな病気?

 血液には、コレステロール(LDL コレステロール※1、HDL コレステロール※2 など)やトリグリセライド※3(中性脂肪)、遊離脂肪酸、リン脂質などの脂質が含まれています。脂質異常症※4 とは、これらのうち、
@ LDL(悪玉)コレステロールの血中濃度が一定の基準より高い状態(高LDL コレステロール血症)、
A HDL(善玉)コレステロールの血中濃度が一定の基準より低い状態(低HDL コレステロール血症)、
B 中性脂肪の血中濃度が一定の基準より高い状態(高トリグリセライド血症)、
をいいます。@〜Bのうちのどれか一つでも該当すれば、脂質異常症になります(下表参照)。



 脂質異常症が怖いとされる理由は、この状態を放置しておくと動脈硬化※4 が次第に進展し、最終的には心筋梗塞や脳梗塞などの深刻な動脈硬化性疾患を発症するリスク(確率)が高くなるからです。厚生労働省が発表した「平成18 年国民健康・栄養調査」の結果によれば、上記@〜Bを含む“脂質異常症が疑われる人”の推計人数は1,410 万人とされており、非常に多いことがわかります。また、下図が示すように、日本人の死亡原因の約3割が心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化性疾患で占められていることからも、脂質異常症を予防または改善することの重要性がおわかりいただけると思います(→【理論編1】肥満とメタボリックシンドローム 4.“メタボリックシンドロームと日本人の死亡原因、「寝たきり」原因”)。


 動脈硬化を進展させる因子には、脂質異常症の他にも「加齢」、「高血圧」、「糖尿病」、「喫煙」、「家族歴」
などがありますが、脂質異常症はこれらの中でも動脈硬化を進展させる最大の危険因子とされています。



7.LDL とHDL のバランス(L/H 比)も重要

 心筋梗塞や脳梗塞を発症した人の中には、LDL コレステロールとHDL コレステロールのどちらも正常だったのに、LDL コレステロールに対するHDL コレステロールの比率(L/H 比)が低かったという例が臨床上多くみられるそうです。そこで最近では、LDL コレステロール値とHDL コレステロール値を個々に判定するだけでなく、L/H 比についても評価することが動脈硬化性疾患の予防に有効ではないかと注目されています。
 このL/H 比は、数値が高くなるほど動脈硬化が進展し、動脈硬化性疾患を発症するリスク(確率)も高くなります。L/H 比の基準については、現在、国内外で公式に定められたものはありませんが、動脈硬化性疾患の一次予防のためには2 未満、心筋梗塞や脳梗塞などの病歴がある場合や高血圧、糖尿病、家族歴、喫煙など他に動脈硬化性疾患の危険因子がある場合は1.5 未満を管理目標とする医療機関が増えてきています。
 健康診断を受けられた方は、このL/H 比についても是非チェックしてみてください。


8.HDL コレステロールは運動で増やすことができる

 HDL コレステロールが多い人はそれが少ない人に比べて動脈硬化性疾患の発症率が低いことがわかっています。そのため、HDL コレステロールを増やすような生活習慣を持つことが勧められます。
 HDL コレステロールを増やす方法としては、運動実践、食事管理、内臓脂肪を減らす、禁煙などが有効と考えられていますが、これらの中で最もエビデンスレベル(科学的根拠)が高いのは運動です。
 過去に行われた横断的研究では、“長距離選手やジョギングを行っている人は、短距離選手や運動を行っていない一般人よりもHDL コレステロール値が有意に高いこと”、“一日の歩行数が多い人ほどHDL コレステロールが多い傾向にあること”などが報告されています。また、縦断的研究では、ウォーキングやジョギング、軽ジョギングなどの中等度(“LT レベル”、“にこにこペース”)の有酸素運動を継続的に行うことで、HDL コレステロールが有意に増加したという報告が多くみられます。(“LT レベルの運動”→【理論編2】9.体脂肪を効率よく落とすための運動の種類と強度)。




 ここで最初に示したR.O.さんの検査結果をもう一度ご覧ください。R.O.さんは、LDL コレステロール値と中性脂肪値が大きく減少した一方で、HDL コレステロール値が53mg/dl から6 ヵ月後には69mg/dl、さらにその半年後には79mg/dl へと増加していました。R.O.さんは週4 日の頻度でエアロビックダンスやジョギング、ウォ
ーキングなどを行っていましたが、このような有酸素運動の継続がR.O.さんのHDL コレステロールを増やした最大の要因と筆者は考えています。
 また下図は、平成27 年度に減量教室に参加した女性全員(合計23 名:平均年齢57.6±10.8 歳)の教室実施前後における体重減少量とHDL コレステロールの変化量との関係を表したものです。教室実施後にHDL コレステロール値が増加していた人の数は21 名、減少していた人の数は1 名(1 名は変化なし)で、増加した人の数が圧倒的に多いという結果でした。また、“体重減少量が大きいほどHDL コレステロールの増加量が大きい”という負の相関関係があることも認められました。
 これらの参加者の中でもHDL コレステロールの増加量が大きかったR.O.さん、M.S.さん、R.K.さんの3名は、教室期間中とくに運動を頑張って実践されていた方たちです。