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上図の女性の場合、教室前のPWC75%HRmaxは52ワットでしたが、教室後には64ワットに増加していました。また、教室前には81ワットで運動ができなくなりましたが、教室後には、106ワットの負荷までこげるようになりました(下表の赤色で塗りつぶした部分)。
また、もう一つ注目すべき点として、同一負荷に対する血圧が低下したことが挙げられます(下表の紫色で塗りつぶした部分参照)。定期的な有酸素運動は、全身持久力を増加させるだけでなく、安静時および運動時の血圧を下げる効果(血圧降下作用)があることも認められています。
肥満者は、自分の体重を支える筋力(「体重支持力」)が弱く、それが原因となって膝や腰などの体重負荷がかかる部位に関節障害などを引き起こす場合が少なくありません。すなわち、肥満はメタボリックシンドロームの原因になるばかりでなく、膝や腰などの整形外科的疾患の原因ともなっています。
また、すでに膝や腰などに痛みや障害がある肥満者では、症状が悪化するのを恐れて運動への参加や日常生活での身体活動(家事、歩行、階段昇降、など)が消極的になる傾向が見られます。そうなると、使わない筋肉は衰え、エネルギー消費量も減少してますます太りやすくなってしまいます(下図参照)。この悪循環を断ち切るためには、筋肉を強くして「体重支持力」を高め、関節などにかかる負担を軽減して活動的に動ける身体をつくることが重要です。このことが、肥満の予防と改善に役立つと考えられます。
「体重支持力」を高めるためには、体脂肪を燃やす有酸素運動だけを行うのではなく、膝(太ももの筋肉)や体幹(腹筋、背筋)などを強化するレジスタンストレーニングを組み合わせた運動プログラムを実施することが効果的です。
■膝関節伸展筋力(膝関節伸展トルク)の測定と「体重支持力」
ところで、横浜市スポーツ医科学センターでは、「体重支持力」の評価方法の一つとして、太ももの筋力の測定を行っています。この測定は、サイベックスマシーンと呼ばれる筋力測定装置を使って膝関節伸展筋力(膝関節伸展トルク※)を測ります。膝関節伸展トルクは、太腿部の表側にある大腿四頭筋が収縮することによって、膝を伸ばす動作で発揮される筋力です。大腿四頭筋は、スポーツではサッカーのキック動作やバレーボールのジャンプ動作などにおいて重要な役割を果たす筋肉です。また、歩行や階段の昇り降りなどの日常生活動作においても膝関節を支え、体重移動を行う上で重要な筋肉です。したがって、この筋肉が衰えてしまうと膝関節の不安定性や痛み(障害)の原因になります。さらに、極端に筋肉が衰えた場合は、自力で立ち上がることさえ困難になり、介護が必要になることもあります。
※トルク:軸を回転させる力の大きさのことで「回転力」と訳します。ここでは、サイベックス・マシーンの回転軸を回転させようとする力の大きさのことで、膝関節の伸展筋群である大腿四頭筋の出力を反映します。トルクの単位は、N・m(ニュートン・メートル)で表されます。 |
さて、上図は、サイベックスマシーンに腰掛けて身体を固定し、膝関節を最大に曲げた位置(最大屈曲位→写真左)から最大に伸ばした位置(最大伸展位→写真右:この位置を膝関節角0°または0ポジションと規定して測定を行います)まで全力で膝を伸ばした際に発揮されたトルクを表しています。青い線は60歳の男性、赤い線は57歳の女性で、このお二人は先日当センターが実施しているスポーツプログラムサービス(SPS)をご夫婦で受診されました。
上図を見ると、男性の最大トルク(170N・m)が女性の最大トルク(96N・m)を大きく上回っています。しかし、これだけで男性の膝を支える筋力が女性のそれより強いと判断することはできません。
下図は、上図に示された膝関節伸展のトルク曲線(絶対値)を男性と女性の各々の体重(kg)で割って表出したものです。すると、体重1kg当たりの最大トルクは、男性が2.1N・m(170N・m÷79.7kg)、女性が2.3N・m(96N・m÷41.0kg)となり、女性の方が男性を上回っていることがわかります。
また下表は、1998年4月から2010年3月までの間にSPSを受診され方(男性:6489人、女性:8858人)の測定結果をもとに、各年代別の膝関節伸展トルクの平均値を計算して表したものです。この表から、男性の体重1kg当たりのトルクは58〜62歳の平均値と比べてやや劣っているのに対して、女性のそれは53〜57歳の平均値を大きく上回っており、18〜22歳平均値(約2.21N・m/kg)よりも高いレベルであることが分かります。このご夫婦は、一緒に登山をするのがご趣味とのことでしたが、「いつも妻に置いていかれるんですよ」という旦那様の言葉が印象的でした。「体重支持力」をよく反映していると思ったからです。
栄養学では、食品に含まれる脂肪1gは9kcal(キロカロリー)のエネルギーに相当します。脂肪1kgだとその1,000倍の9,000kcalになります。これは食物性脂肪の場合も動物性脂肪の場合も同じです。一方、ヒトの体内にある脂肪(体脂肪)は脂肪組織を構成する脂肪細胞の中に蓄えられており、脂肪細胞の約80%が脂肪、残りの約20%は脂肪以外の成分(主に水分)を含んでいます。したがって、ヒトの脂肪細胞1g当たりのエネルギー量は9kcal×0.8≒7.2kcal、1kg当たりではその1,000倍の約7,200kcalという計算になります。
運動では体脂肪だけがエネルギー源として使われるわけではありませんが、体重(体脂肪)の増減は最終的には消費エネルギーと摂取エネルギーとの差(エネルギー収支)によって決まると考えられています。したがって、減量期間中のエネルギー収支が-7,200kcalになるように摂取エネルギー(食事)と消費エネルギー(運動)を調節すれば体脂肪が1kg落ちる計算になります。
仮に、1ヶ月(30日)で体脂肪を1kg落としたいのであれば、7,200kcal÷30日=240kcal、すなわち1日当たり240kcalを運動で余分に消費するか、または、運動と食事療法(食事制限)を併用してエネルギー収支を-240kcalに調節すればよいわけです。ここで大切なのは、食事療法だけでエネルギー収支をマイナスにしようとすると筋肉量まで落ちてしまい結果的に太りやすい体質をつくってしまうことです。よって、運動療法もしくは運動療法+食事療法を基本にした減量を行うことが重要といえます(「知っておきたい肥満と減量の基礎知識 理論編A、2、3」を参照)。
メタボリックシンドローム(内臓脂肪肥満)の判定指標として腹囲(ウェスト囲)の測定が行われていますが、約1kgの体重の減少は、腹囲の約1cmの減少に相当するとされています(「知っておきたい肥満と減量の基礎知識」理論編@、5.「メタボリックシンドロームの診断基準について」を参照)。
■体重60kgの人が運動を60分間行った場合の推定エネルギー消費量、体脂肪換算量と-7,200kcal(体脂肪-1kg)に到達するまでの日数(回数)
では、どのような運動種目をどのぐらい行えば体脂肪を1kg落とすことができるでしょうか? 具体的に見ていきましょう。
上図は、体重60kgの人が60分間の運動を行った際の推定のエネルギー消費量とそれに相当する体脂肪換算量、また、その運動によって7,200kcal(体脂肪1kg相当)を消費するために必要な日数を表しています。たとえば、速歩(ウォーキング、時速6km)を行った場合の推定エネルギー消費量は約252kcalになります。これは、体脂肪量に換算すると約35g(252kcal÷7.2kcal)になります。また、この運動で体脂肪を1kg落とすために必要な日数は7,200kcal÷252kcal(または1,000g÷35g)の計算から約29日ということになります。速歩の約2倍の運動強度を持つ水泳のクロール(ゆっくり:分速46m)では、その2倍のペースで体脂肪を落とすことが可能です。
“60分でたったの-35gかぁ〜?”と嘆く必要はありません。この-35gの積み重ねが30日間で約-1kg(-35g×30日=-1,050g)、1年間で約-12.8kg(-35g×365日=-12,775g)の減量を可能にするのです。“継続は力なり”とはまさに減量のためにある言葉といえるのではないでしょうか?
以下に各種の身体活動で消費されるエネルギー量(60分間当たり)とそれに相当する体脂肪換算量を体重別にまとめましたので参考にして頂けたらと思います。
■各種身体活動の強度と体重別にみた1時間当たりの推定エネルギー消費量、体脂肪換算値
<参考資料>
新しい運動基準・運動指針 『身体活動のメッツ(METs)表』(2008年2月18日更新版)
(独立行政法人・国立健康・栄養研究所 健康増進プログラム エネルギー代謝プロジェクト)
※ メッツ(Mets)
運動強度を表す方法の一つ(メッツ指数)。座位安静(椅子に座って何もせずにいる状態)において、体重1kg当たり1分間当たりに消費される酸素の量(約3.5ml)を1MET(メット)と定義し、各種のスポーツ活動や生活活動がその何倍の酸素を必要とするかによって運動強度を表す方法。
運動によって消費されるエネルギー量は、運動中に摂取された酸素の量(酸素摂取量)によって決まります。すなわち、酸素摂取量が多いほどエネルギー消費量も多くなります。
実は、酸素消費量が増加した状態は運動停止後もしばらく続くことが知られています。この酸素消費量が安静時のレベルに戻るまでに消費される酸素の量のことを運動後過剰酸素消費量(EPOC:excess
post-exercise oxygen consumption)と呼んでいます(下図)。
EPOCが続く時間とその総量は、運動の強度と持続時間よって影響を受け、運動強度が高いほどまた運動時間が長いほどEPOCの持続時間が長く、酸素消費量も多くなるとされています。
たとえば、ウォーキングや軽ジョギングなどの低強度の運動ではEPOCは数分〜十分程度で消失しますが、レジスタンストレーニングやインターバルトレーニングなどの高強度の運動あるいはマラソンなどの長時間運動を行った場合には、数時間から数十時間続くという研究結果もあります。 EPOCの原因は、運動が無酸素的(筋肉への酸素供給が間に合わない状態)に行われた際の酸素不足分の補充、乳酸など運動中に生じた代謝産物の処理、筋収縮の直接的エネルギー源であるATP(アデノシン三燐酸)やCP(クレアチン燐酸)の再合成、脂質代謝の亢進などがあげられています。しかし、その詳細なメカニズムはまだ完全には解明されていません。ただ一つ言えることは、
長期間の減量では、このEPOCの積み重ねも体重減少に関係しているものと考えられます。
(1)有酸素運動とその種類
「有酸素運動(エアロビクス・エクササイズ)」とは、“酸素を使って体脂肪をエネルギーに変えながら持続的に行う全身的運動のこと”です。具体的には、陸上での運動としては、ウォーキング、ジョギング、サイクリングなど、また、水中での運動としては、水泳、アクアビクス、水中ウォーキングなどがあります(表1参照)。運動中に体脂肪を多く燃焼するためには有酸素運動が有用です。
“どの運動が脂肪燃焼に効果的なのか?”と疑問を持たれる方も多いようですが、有酸素運動中の脂肪燃焼量は、同じ個人でみた場合、運動の強度と時間が同じであれば種目によって差はありません。したがって、運動をする人が、運動をしやすい場所で、好きな種目を行なえばよいのです。
ただし、身長にもよりますが、体重が100kgを超えるような高度肥満者の場合は、ジョギングやエアロビクス・ダンスなどの全体重が下肢にかかる運動は、膝や足首、腰などを痛めるリスクが高いためあまりお勧めできません。また、変形性膝関節症や腰椎症など既に痛みがある方も同様です。このような方は、まず自転車こぎ(エアロバイク)や水中ウォーキングなどの体重負荷が軽減された状態で運動を開始し、その後、体重が減ってきて筋力もついて身体の支えがしっかりしてきたら、徐々にウォーキングなどを増やすべきでしょう。
陸上運動 | ウォーキング、ノルディックウォーク、山登り(ハイキング、トレッキング)、ステップ・エクササイズ(ステッパー)、ジョギング、スロー・ランニング、ジョグ&ウォーク、サイクリング(ロードバイク、エアロバイク)、エアロビクス・ダンス、ジャズ・ダンス、社交ダンス、など |
水中運動 | 水泳(クロール、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ)、水中ウォーキング(大股歩き、横向き歩き、後ろ向き歩き、ジャンプ歩き、など)、アクアビクス(水中エアロビクス)、など |
(2)体脂肪を燃焼させるために有効な運動の強度(LTと「目標心拍数」)
体脂肪は、運動強度が高いほど効率よく燃えてくれるわけではありません。減量(減脂肪)を効果的に行なうためには、体脂肪の燃焼効率が最も高まる運動強度を選んで行なうことが合理的です。
研究レベルでは、脂質代謝(脂肪燃焼)が最も高まるのは、LT(Lactate Threshold:日本語で「乳酸性作業閾値」と訳します)レベルの運動強度とされています。
図1-aは、当センターのランニング測定(ホームページ;「アスリート測定」→「ランニング測定」を参照)を受けられた方がトレッドミル(ランニング・マシーン)の上を走った際の、運動強度と血中乳酸濃度の関係を模式的に表したものです。
運動強度(ランニング・スピード)を段階的に少しずつ高めていくと、血中の乳酸濃度が安静時の水準を超えて急激に上昇し始めるポイントがあります。このポイントにおける運動強度(走速度、心拍数、時間当たりの酸素摂取量、など)をLTと呼びます。運動強度がLTを超えると、脂質代謝が抑制されて運動のエネルギー源が糖(グルコース)主体へと切りかわり、血中乳酸が蓄積して運動を長く続けることが困難な状態になります。
したがって、LTもしくはLTよりやや低い強度で運動を実施することが、脂肪燃焼には最も効果的とされています。
実際にLTを知るためには、上述したように運動中の血中乳酸濃度を測る必要がありますが、それには専門的な測定機器と熟練した測定者が必要となるのが難点です。そこで、一般的には、年齢から推定される最高心拍数(=予測最高心拍数:「220-年齢」で計算します)と安静時心拍数の差(心拍予備量=HRR:Heart Rate Reserve)を求め、その50〜60%を安静時心拍数に加算したものを目標心拍数(THR:Target Heart Rate)として設定する方法が広く用いられています。たとえば、年齢60歳で、安静時心拍数が70拍/分の人の場合の目標心拍数は、
<年齢が60歳で、安静時心拍数が70拍/分の人の場合>
目標心拍数={(220-年齢)-安静時心拍数}×0.5〜0.6+安静時心拍数
={(220-60)-70}×05〜0.6+70=115〜124拍/分
になります。
この式で求めた心拍数は、主観的には「比較的楽である」〜「ややきつい」と感じられ運動強度(図1-b:主観的作業強度〔RPE〕を参照)であり、概ねこれがLTレベルに相当するとされています。この式によって計算した各年代別の目標心拍数を図1-cに示しましたので参考にしていただけたらと思います。