スポ医科コラム
横浜ビー・コルセアーズ 台湾遠征帯同記
横浜市スポーツ医科学センター リハビリテーション科 玉置龍也(理学療法士)
現在、横浜市スポーツ医科学センターでは、横浜市のプロバスケットボールチーム、「横浜ビー・コルセアーズ」を医療的に全面バックアップしています。今回、横浜ビー・コルセアーズの台湾への海外遠征にあたり、私がメディカルトレーナーとしてチーム帯同を行いました。台湾でのチームの様子や帯同報告、所感などを写真とともにご紹介します。(以下、文中でチーム名は愛称であるビーコルで表記)
東アジア地域のクラブチーム選手権
大会のフラッグ
今回、開催されたのは「2012三好杯チャンピオンシップ(別名:アジアバスケットボールリーグ)」という、東アジア地域を代表する各国クラブチームや選抜チームが集結し、覇を競うという大会です。主催のアジアバスケットボール協会は、FIBAアジア※1に活動を承認されている組織です。つまり、この大会も世界的な公式大会ではありませんが、FIBAアジアに承認された大会ということになります。
アジアバスケットボールリーグは、アジア地域のバスケットボール振興を目的とし、1992年に第1回大会が開催され今に至ります。FIBAアジアでもクラブチームの選手権はありますが、長らく日本は参加していません。そのため、日本のナショナルチーム(代表チーム)以外のチームが海外で戦う選手権は、他にはありません。
日本には、競技バスケットのリーグが2つ※2ありますが、ビーコルが所属するbjリーグはグローバル化を目指して各国のプロリーグと協力関係※3にあります。「アジアバスケットボールリーグ」にはbjリーグの上位チームが2010年から参加しています。ビーコルは新規参入の昨年、いきなり21チーム中3位という好成績を残し、白羽の矢が立ちました。
※1:国際バスケットボール連盟傘下のアジア地域連盟
※2:1つは企業主体のJBL(日本バスケットボールリーグ)であり、もう1つは地域のプロチームであるbjリーグ(日本プロバスケットボールリーグ)
※3:具体例として、2006年からbjリーグと韓国プロリーグのKBLの優勝チームでチャンピオンシップゲームズを開催
開催地・台湾
台湾の地図
(Google Mapより)
今大会は、2012年9月24〜28日に台湾高雄市にある義守大学内の会場で行われました。高雄市は九州程の面積を持つ台湾の中で、南部のちょうど鹿児島市の位置にあたります。台北に次ぐ第二の都市ですが、義守大学はやや中心街からは離れており、大学や真新しいショッピングモール、ホテルが立ち並ぶ新興発展地域でした。チームは大会に先立って22日に現地入りし、遅れて24日に私も現地に入りました。
9月の東アジアの情勢は、尖閣諸島や竹島の問題があり、落ち着いた状況ではありませんでした。台湾も尖閣諸島の領有権を主張している背景があり、遠征に際しては台湾内での治安の問題を憂慮していました※4。かつての日本もモスクワオリンピックで冷戦の政治的対立を背景とした参加ボイコットを行いましたが、近年は政治・国家の問題とスポーツ・文化の交流はよほどのことがなければ切り離して考える風潮があるように思います※5。今回報道された中国国内での暴動の激しさや韓国の国際的スポーツ大会での政治的アピールなどの諸問題は、我々にはなかなか理解し難いだけに、常識を超えた出来事を想起させる不気味さのあるものでした。
しかし、蓋をあけてみれば台湾・高雄でそれらは全くの杞憂でした。もともと日本に理解があるということもあってか非常に友好的で、街の雰囲気も落ち着いた印象でホッとしたのが正直なところです。スポーツの交流を目的に訪れているので、それ以外の部分で気を回さず集中できる環境であったのが、チームにとっては何よりでした。
※4:この大会は2期に分けて開催予定で、9月前半に中国で行われた「アジアバスケットボールリーグ」に参戦予定であった沖縄ゴールデン・キングスは、安全が確保されないとして大会直前に参加を見合わせた
※5:交流に際して、実施の安全面でリスクがある場合は別
ビュッフェ形式の食事
治安を除けば、海外遠征で最も気になるのが衛生面です。中でも、水や食事など口にするものは体調に直結するので、訪れる国によっては十分な配慮が必要です。事前の情報では、台湾の水道水は他国に比べれば良いとのことでしたが、日本人には合わない場合もあり、腹痛を起こすことをあるとも聞いていました。そこで、水分はすべて販売されている製品で取る形にしました。
また、食事については、中華料理などを食べ慣れていることや期間中の食材をチームで用意し持ち込むことが難しいこともあり、ホテルで提供されたものをそのまま食しました。これは、個人的感想ですが、最初のうちは良かったのですが、油分や香草の匂いが比較的強く、続けて食べていると少し食欲が湧かない気がしました。台湾の場合、都市圏なら多くの店から好みの店や和食なども時々選べますが、今回はそういった環境になかったので仕方がないと思います。チームには外国人選手もいますが、日本生活1年前後の選手は最終的に提供された食事があまり取れず、ファストフード店などに行っていました。おそらく日本食を食べ慣れておらず、台湾の食事も食べづらかったのでしょう。望ましいことではありませんが、条件を考えると食べないよりマシという状況でした。
大会中のサポート
先述の通り、今大会は東アジアの各国代表チームが参加して行われました。今回は、日本を含め計4チームが参加して行われました。この4チームが総当たりで予選を行い、最終日に上位2チーム、下位2チーム同士で対戦し、順位を決するという方式です。参加国とチームは以下の通りです。
参加チーム: 横浜ビー・コルセアーズ(日本)
Pure-Youth Construction Basketball Team(台湾)
Changwon LG Sakers Basketball Team(韓国)
Guangdong Winnerway Club(中国)
大会期間が5日間で試合は全部で4試合ということになります。(実際のスケジュールは下表を参照)バスケットボールの試合は、大抵週末に2試合のシリーズで組まれることが多く、3試合以上をこなすのは稀です。1日挟むとはいえ、短期間で4試合をこなすのは、選手にとっては移動も含め体力的にかなりきついスケジュールだったと思います。
宿舎での選手ケア
そんな選手たちのコンディショニングがトレーナーの仕事になります。普段私は、週に一度の練習に帯同するのみなので、選手に関われる時間はさほど多くないのですが、今回の帯同は丸3日を費やせます。シーズンを前にしていることもあり、できる限り選手とコミュニケーションを取り、身体の調子を整えるケアを実施しました。
具体的に大会のスケジュールは、午前中9時より練習があり、夕方17時より試合となっていたので、ケアは練習と試合の間、そして試合後に実施します。行う内容は、主に関節アライメントの修正※6やそれに必要な軟部組織(筋、腱、皮下組織)の柔軟性の回復などです。痛みの原因は、全身にわたって存在する場合があるので、様々な検査や現象の考察から原因を推察していきます。
チーム所有の物理療法機器
また、今季はチームで治療器※7も用意していただけたので、当センターのリハビリ臨床と似たような環境でケアを行うことができます。組織損傷による柔軟性低下や筋タイトネスによる可動域低下、疼痛などを緩和できるため、選手に重用されています。実際のリハビリでは、これ以外にもトレーニングや関節運動を修正する運動療法を実施しますが、遠征中は時間の都合から患部に直接的な運動療法のみの実施でした。選手の状態にもよりますが、だいたい1名30〜60分程度の時間をかけて、日に3〜5名(のべ15名)のケアを行いました。
※6:関節のズレや運動のブレを、骨の位置関係を整えることで理想的な状態に近づけること
※7:ハイボルテージ(高圧電流)や超音波を発生させることができる医療機器(伊藤超短波株式会社)で、当センターリハビリテーション科にも数台を完備
遠征中のスケジュール
日付 |
曜日 |
チーム |
私 |
9月 22日 |
(土) |
移動(出国) |
− |
23日 |
(日) |
練習 |
− |
24日 |
(月) |
大会・第1試合(対台湾) |
移動(出国) |
25日 |
(火) |
大会・第2試合(対韓国) |
帯同 |
26日 |
(水) |
大会・第3試合(対中国) |
帯同 |
27日 |
(木) |
休養日(スポンサーの佛光山寺見学) |
帯同 |
28日 |
(金) |
大会・順位決定戦 |
移動(帰国) |
29日 |
(土) |
移動(帰国) |
− |
遠征に限った話ではないのですが、競技選手は程度の差こそあれ痛みを抱えていることが多くあります。練習を抜けるほどではないが、あちこちに痛みを感じているというのはよく聞く話。ただ、「スポーツとは痛みがあろうがやるものだ」という考え方には、手放しで賛成できません。また、こうしたスポーツ選手の状況を聞くにつけ、「痛みがあってもプレーしなければうまくはなれない」と曲解するのは危険な考え方だと思います。私自身も、「スポーツは日常より負担をかける運動がほとんどで、負担と能力のバランスが悪ければ痛みが出て当然だ」という考えはあります。しかし、痛みをそのままにしてプレーを続けるのと、ビーコルの選手のように早めに対処し、悪化を防ぐもしくは原因を解決しながらプレーするのは意味も結果も大きく異なります。スポーツとは体に負担をかける行為という前提は同じですが、できる限り体への影響を減らす努力が望ましいと思います。
特に選手と接していて感心するのは、選手自身が自分の体をよく理解していることです。これは、自分の体の仕組みや痛みの原因を分かっているという意味ではありません。もしそうなら、我々専門家は要らないことになります。理解とは、痛みが生じた場合に、プレー可能なのか、それとも休むべきなのかについて慎重に考え、必要に応じてきちんと相談できるということです。それは、経験を積んだ選手、つまりベテラン選手ほど顕著です。おそらく、“シーズンを通して最もパフォーマンスを発揮し、チームに貢献する”という目的に対し、何年もシーズンを過ごし、知識・感覚の両面で理解が深いためだと思います。
選手たちは、コート上で『プレーを見せる』、そして『チームに貢献する』ために多くの時間を費やしています。一般の方に知っていただきたいのは、ビーコルに限らず華々しいスポーツのプレーには必ずこうした土台があるということです。 “スポーツを職業にしている”という特別な環境での話と片付けられず、“身体に負担のかかることをしている以上、そのメンテナンスは必須”とご理解頂いたほうがよいと思います。行っている運動のレベルに応じた内容で構いませんが、表舞台に出るための骨組み作りをきちんと行うよう心がけて頂ければ幸いです。問題があることは分かっている、対処しなければいけないことも分かっているが、どうすればいいかわからないという方、ご安心を。そういう方たちのために、横浜市スポーツ医科学センターは専門家を揃えております。ぜひ一度ご相談ください。
大会の結果
さて、なんだか宣伝のようになってしまいましたが、気を取り直して大会の報告に話を戻したいと思います。実は、結果の方は、芳しいものではなく以下の通りでした。
試合結果: 第1試合(24日) 横浜●89-93○台湾
第2試合(25日) 横浜●75-85○韓国
第3試合(26日) 横浜●69-80○中国
3位決定戦 横浜●76-85○中国
試合は終盤までもつれることがほとんどでしたが、最終第4Qに引き離され、敗れる試合を繰り返しました。どの対戦相手も、選手の体も大きく、パワーもあり、全体でもよく組織されたチームでした。さすが、各国のプロリーグで上位に入り、代表として出てくるだけのチームといった感じです。結局、横浜は総当たり0勝3敗で、3戦目に敗れた中国と3位決定戦で再び対戦。そこでも敗れたため、4チーム中4位という結果でした。
敗戦が続いたものの、チームにとっては大きな収穫もありました。リーグ戦に入る直前の時期に、強豪を相手にすることでチームの戦力や状況をきちんと把握できたことは、チームの課題を洗い出すことにつながります。そして、各選手にとっては、大きな体格で技術的にも優れた選手を相手に自分のプレーをできたことが自信につながったようでした。bjリーグは外国籍選手の所属が多く、契約やビザの関係からシーズンまで間もない時期になってようやく全員が揃う、ということもよくあります。ビーコルも例外ではなく、この時期は選手全員が揃ってから1週間ほど、しかも開幕まで2週間しかないという時期でした。この遠征は、チームのスケジュールとしては比較的厳しい大会でしたが、得られた経験や収穫は何ものにも代えがたいものであったと思います。
一方で、試合終盤で競り負けたという結果は、チームとしての力の差のように感じます。バスケットボールは戦術的弱点や相手のミスをついて自らの得点を重ねる(失点を防ぐ)駆け引きのスポーツです。特に試合終盤は1つのミスや好プレー、僅かずつのように見える点数の変動が心理的に大きく影響します。最後に競り勝てるのは、全体の結束や信頼感を支えに、個々の選手が重圧の中でも確実にプレーできるチームであると思います。昨シーズンのビーコルは、序盤にそのような状況でいくつも星を落とし一進一退を繰り返しましたが、終盤にチームとして非常に強く結束し9連勝を含むリーグ2位と大きく飛躍しました。今のチームがどれだけ昨年終盤のように一つにまとまったチームに近づくことができるか、今シーズンの結果はその点にかかっています。
大会自体は、Changwon LG Sakers(韓国)が総当たり3勝0敗となり、決勝戦でも台湾を下して優勝しました。幸いにも大会を通じてシーズンに影響するような大きな怪我はなく、帰国することができました。チームにとっては悔しい結果でしたが、今シーズンの成績如何でまた出場が叶う可能性もあります。まずは目の前のレギュラーシーズンで結果を残し、またこの舞台で選手が雪辱を果たせるよう、チームサポートに尽力したいと思います。
最後に
私は、普段のチーム練習に帯同する際は、選手と一日一緒にいます。しかし、行動を共にするのはあくまで練習の限られた時間だけ。十分にコミュニケーションをとり、要望に応えることが難しいこともあるのが実際です。今回の遠征は、長期滞在中の全活動に参加し、常時選手やスタッフと行動を共にすることができました。チームをよく知り、選手を理解するには重要な機会であり、チームや選手をファンや一般の方にももっと知ってもらいたいという思いも湧きました。今後ビーコルというプロチームをサポートする上で、海外遠征としての経験とは別に重要な時間であったと思います。
台湾国内ではバスケットボールの人気が非常に高く、国内のCSチャンネルでは中継やニュースが頻繁に流れていました。今大会も例外ではなく、生中継や再放送で試合が全土に放映されているとのことでした。海外のバスケットボール事情への関心も高く、日本国内のバスケットボールの情報も見聞きする人がいるようです。その日本国内では、bjリーグはまだ十分にメジャーなプロスポーツと言える環境にはなく、実際の選手を見たり、情報に触れたりする機会はさほど多くないと思います。
バスケットボールの裾野は広く、競技人口も非常に多いスポーツです。中でも、横浜市のバスケットボール競技人口は全国最多であり、ビーコルはそのトップにあるチームにあたります。私が願っているのは、ビーコルが多くの方に応援を頂き、注目を集めるチームになってもらうことですが、それだけではありません。多くのバスケットボール競技に関わる方の見本、ひいてはスポーツに関わる方の参考となり、市民の誇りとなるチームとして成長してほしいということです。そして、スポーツにつきもののケガへの対応の見本としてもらうべく、プロチームのメディカル面をサポートする。それが、横浜市スポーツ医科学センターがプロチームをサポートする意義であると考えています。
今回も、遠征の報告だけでなく、バスケットボールや横浜ビー・コルセアーズというチームの紹介もあわせてさせていただきました。多くの方にチームのことを知っていただき、ぜひ一度、選手のコート上での姿を目にして頂ければ幸いです。レギュラーシーズンは10月13日に開幕し、10月26日現在でビーコルは2戦2勝。これから全52試合の長い航海の始まりです。
大会のニュース映像(台湾国内CS)
※横浜ビー・コルセアーズのホームページはこちら。