横浜市スポーツ医科学センター 整形診療科 小笠原 雅子(理学療法士)
今
年の日本臨床スポーツ医学会学術集会は11月6日、7日の2日間、茨城県つくば市の「つくば国際会議場:写真
右」において開催されました。スポーツ医学の諸問題に対して既存の枠組みを超えて臨床医学の領域で検討を行う学会です。各臨床科の医師をはじめとして理学療法士、トレーナー、スポーツ指導者、研究者等の臨床や研究の分野でスポーツに関わる多様な職種の方々が参加しています。21回目となる今回のメインテーマには「スポーツにおけるコンディショニング」が掲げられました。コンディショニングは主にスポーツ現場で重視される概念で、もともとはトレーニングを組み立て最大限のパフォーマンスを発揮するために体を調整することを指していました。現在では、単に高みを目指すという部分だけではなく、体の不調や病的な状態からいかに抜け出し、最終的にパフォーマンスを発揮するかというかなり広い意味で用いられています。今回の内容についても世界レベルのトップスポーツからレクリエーショナルスポーツや障害者スポーツ、健康増進や維持のためのスポーツまで多岐の分野に渡る講演や発表が行われていました。中でも、普段スポーツ現場により近い所で活動されている方々の講演が例年よりも多いという印象を受けました。
特に今年はバンクーバーオリンピックやFIFAワールドカップ南アフリカ大会の開催年であり、出場選手の外傷の治療を担当された先生、競技のサポートに携わられたコーチやトレーナーの方々の講演やシンポジウムが多く催されました。我々の日々の業務は大部分がクリニックの中で行われ、大抵の場合は競技復帰後の現場を直接確認することは出来ません。そのため、現場で運動選手への対応がいかにして行われているのかという点は大変興味深く聞くことができました。
発表を聞いて感じたのは、治療と平行したところ、あるいはその先にパフォーマンスの向上という課題があり、結果が求められる世界があるということです。職種や立場は様々ではありましたが、一様に自分の専門性をできる限り発揮することと、他の立場の方々の専門性を尊重し協力することで、選手の目標に貢献することを常に意識されているようでした。運動選手の目標とは持てる能力を向上し、最大限のパフォーマンスを発揮することです。医療者の治療は痛みを取ることを目標に行うのが常ですが、それだけでは運動選手の求める治療の提供にならないこともあると再認識しました。場合によっては医学的な治療プログラムのみならず、コンディショニングの要素を含んだプログラムが必要になります。理学療法士が持つ専門性を生かしつつも、復帰後のスムーズなスポーツ活動につながるような治療プログラムを組むことが求められていると感じました。そうすることで、現場で活動されるコーチやトレーナーの方にスムーズにバトンタッチでき、また医師とのパイプラインとなることもできるのだと思います。
また、現場のサポートの中から、”明らかな痛みが出てからのケアでは遅く、違和感を感じた時点で選手に報告させることが重要”、”その為に何でも報告出来る環境・関係を作ることが必要”、”選手自身が自分のコンディションを把握出来ることの重要性”等も述べられていました。これらはトップアスリートに限らずスポーツ現場全体に求められることであると感じます。しかし、残念ながらそのような環境や人間関係が必ずしもあるわけでなく、結果的にはスポーツ外傷の予防や競技レベルの向上を妨げる結果になっている場合もあるように
思われます。このような機会を通じてスポーツ現場の意識や体制が少しずつでも変わって行くことを願っています。
今回当センターからは河村真史(理学療法士):写真右が「小学生サッカー選手のキック動作に影響する身体機能の分析」という演題でポスター発表を行いました。この研究は成長期の骨端症の一つであるオスグッド病を背景とした研究です。以前に当センターから、サッカー選手の軸脚に発症することが多いオスグッド病について、その発症とキック動作の方法に関連が伺えるという報告を行いました。今回はそれをもとに、リスクが高いと思われる動作と筋力や柔軟性がどのように関連するかについて調べたものです。
オスグッド病を経験している選手のキック動作には軸脚の踏み込み時やボールインパクト時に重心が後方にあるという特徴があります。重心が後方になるとそれを支える膝関節にはより大きな負担が加わりやすく、オスグッド病に関するリスクになると考えられます。今回の結果では、軸脚のハムストリングス(太ももの裏)の筋力や立位体前屈の数値が小さい選手は重心が後方にあるという
関連性が示されました。このことからハムストリングスの筋力強化や、体幹・下肢後面の柔軟性を獲得することが重心を前方に推進させる為に重要であることを示唆しています。オスグッド病の予防につながる可能性もあり、この発表は優秀発表賞
にノミネートされました。当センターは研究も行える施設でありますが、臨床と平行して進めていた研究がこのように評価して頂けたということを同僚として嬉しく思います。
講演の一つに体の動きを知る為のツールとして携帯型加速度センサーを用いた研究の話題がありました。加速度センサーは、速度の変化を感知し、静止した位置の検出は出来ませんが、物体の動きや速度、衝撃を数値化する装置です。現在は、センサーが小型化、低コスト化され、
これまで実験室でしか行えなかった測定評価が現場や日常生活で行えるようになっているそうです。他にも心電図や心拍計などの測定機と組み合わせた小型携帯端末が徐々に開発されており、将来的には日常的に生活する中で自らの身体の状況をモニタリングすることが期待されます。それにより、医療機関との連携でリスクの早期発見や早期治療を行ったり、スポーツ機関との連携で健康増進のための運動プログラミング作成を行ったりできる可能性が考えられます。近年解像度が向上しスポーツ医学の分野でも用いられつつある超音波機器などの例もあり、測定評価技術や機器の進歩によって私たちが得られる情報はさらに多くなると感じました。スポーツ医学の一分野であるリハビリテーションに携わる立場として、それらの情報を整理し有益な情報が発信出来るように日々研鑽を積んで行きたいと思います。